白花繚乱 -4
「兄貴、準備できたぞ」
キッチンから出てきたカルノをちらりと見たレオは、お茶を飲み干して蝋燭の火を吹き消すと立ち上がった。
「みんな、行くぞ」
「うん」
他の五人もレオに続いて立ち上がって身支度を始める。カルノはエーコにも気を配りながら。ニーシェはハーブに混じって漂うシチューの香りにお腹を擦りながら。ピッセは忘れていた花の水遣りを慌ててしながら。ライザは読みかけの本を名残惜しそうに眺めながら。ローフィは何もない所でつまづきながら。
(ビビの子供はこんなところでも、個性的なのよね)
エーコはふと笑うと、入ってきた玄関扉とは丁度反対に位置する裏口から出て行く兄弟に続いて家を出た。
裏口の目の前には手入れの行き届いた畑が広がっている。レオたちの誕生祝いのプレゼントとして村の住人が耕して苗を植えた畑だ。主にピッセが世話をしているこの畑は、六人分の食料を育てているだけあって――なおかつ、ニーシェの胃を満足させられるだけあって――とても大きい。
その大きな畑を迂回して森に入って少しすると、すぐに木立の開けた場所へ出た。
「すごい」
知らず零れたエーコの呟きに、六人の兄弟が振り返る。
振り返った六人の向こうには白い花が一面に咲き誇っていた。草を覆いつくすほどに散らばった小さい花。その白さは、周囲を赤く染め上げる夕日すら弾き飛ばすように強く清らかに輝いている。
「この花……」
エーコは辺り一面に咲き乱れる星型の花に見覚えがあった。
「父さんが好きなんだよ。ヨアケソウっていう名前で、夏から秋にかけてこの辺りにいっぱい咲くんだ」
そう言うと、ピッセは多くの花から一輪を摘み取って墓地へ向かう。他の五人も、花を選んで摘み取って墓地へ向かった。エーコは、カルノが渡してくれた小振りながらも形が整った綺麗な花を受け取って墓地へ向かった。
七人が着いた墓地には十字架が立ち並んでいる。十字架に括り付けられて風に揺れている帽子の数は、エーコが始めてこの村に来たときと比べものにならないほど増えていた。
その中に、他と比べて小さい十字架がある。その十字架に向かうとばかり思っていたエーコは墓地の隅に向かった六人に驚き、思わず声を上げてしまう。
「ビビのお墓じゃないの?」
「父さんの命日は明後日だ」
「それくらい知ってるわよ! そうじゃなくて、ビビのお墓に行かないなら誰のお墓に行くのよ?」
他の黒魔道士の命日だという記憶はない。ビビの墓へ向かいかけていたエーコは兄弟の行動に首を傾げながらも、何かに向かって横一列に並んだ六人の隣に並んだ。すると、大人の頭ほどの大きさの石が三つ視界に入った。その前には、少し萎れたヨアケソウが六輪供えられている。
レオはそれを見降ろして呟く。
「今日は、俺たちの兄弟の命日だ」
一人ひとり、順番に摘んだ花を石の前に置いていく。
「この子たちに名前は無い。名付けられる前に霧散してしまった」
エーコは息を呑んだ。
急事に備えてインビンシブルに積まれていた未使用のジェノム体は九体あったという。そのうち六体はビビの子供として、今もエーコの傍らで生きている。しかし、残りの三体は彼らを生みだす過程で実験の失敗例として消えていった。残ったのは彼らのデータだけだった。
「生きていたと言えるかも判らない彼らだ。死んだと言えるかも判らないが、少なくとも俺たちの存在は彼らの存在があってこそのものだ。――だから俺たちは七月四日から父さんの命日までの三日間、毎晩この墓に花を供えている」
それだけ言うとしばらく黙っていたレオだが、兄弟に続いてエーコが花を供えると、ぽつりぽつりと話し始めた。
ビビが亡くなる前に言ったそうだ。自分たちが生まれるために消えてしまった存在があったことを忘れてはいけない、と。会ったことはなくても自分たちには三人の兄弟がいたことを忘れてはいけない、と。
一年前の珍しく肌寒かった夏の夜。星型に咲く白い花は夜空に舞い上がり、くるりくるりと踊るように優しく降っていた。
その光景を思い出したエーコは、吹き始めた微風に誘われるように空を振り仰ぐ。
吸い込まれそうなほど黒く染まった夜空には、降り注ぐ花々ではなく、美しく輝く星々が散らばっている。
「あ、ここにも……」
ローフィの小さな呟きに全員が足元を見降ろす。
風に飛び広がった供花の合間には、三つの小さな白い星が根付いていた。
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