白花繚乱 -3




 宿屋の前に鞄とともに置いて行かれたエーコは、こちらに一瞥も投げずに立ったまま分厚い本を読み始めたレオを見遣る。
(相変わらずの仏頂面で、失礼しちゃうわ! まったく、サラマンダーの影響をビシバシ受けて育っちゃったのがウンノツキってものよね!)
 ビビの子供は全員、ジェノム体をベースに作られた新生黒魔道士だ。その外見は皆似通っており、顔の造りこそジェノムに似ているが瞳は金色で髪は漆黒、ジェノム特有の尻尾も髪と同じ漆黒に染まっていた。しかし、黙っていれば見分けがつかないほど似ているはずの六人兄弟は、黙っていても見分けがつくほどの個性を持っていた。
 不思議と六人とも大人びているのだが、その中でもエーコの目の前で立ちながら読書をしているレオは、288号やミコトやサラマンダーからいろいろなことを学んできたので、幼さに見合わぬ博識ぶりを見せている。カルノがレオに説明を頼ったのはこのためだろう。
 決して楽しそうとは言えない表情で黙々と本に目を通しているレオに声をかけてもいいものかどうか、エーコは躊躇っていた。
 そんなエーコの様子に気づいたのか、
「何か聞きたい事があるのか?」
「えっ? う、うん、そうなの、聞きたい事があったのよ!」
「なに?」
 本から顔を上げないままに訊ねてくるレオに、先ほどカルノと話していたことを話す。その間も彼は本から視線を外そうとはしない。
「ちゃんと理由はある。一つは、金銭の流れをつくること。まだ物々交換による交易が主流だけれど、クロマ族が流れてきたことでドワーフにも金銭を使う感覚がでてきた。――ドワーフはどうだか知らないが、俺たちはいつか世界に出るつもりだ。ジェノムでも外の世界に興味を持っている者がいる。そのためには、この村にいるうちにギルを介した経済観念を発達させていた方がいい。これは288号さんが、みんなと相談して決めた事だ。
 もう一つは、ギルの必要性を大きくすることで、需要供給の輪に入らざるを得ない状況を作って全ての家庭で畑を所有することだ。ジェノムが移住してきたことで人口が倍増して元来あった畑だけでは食糧不足が発生するから、その対策だ」
「……あなたたち、大陸の外に出るの?」
 その言葉に、レオは一瞬だけ顔を上げてエーコを見た。
「父さんの望みだ。父さんは――いや、父さんだけじゃない。他の黒魔道士たちのみんなも、俺たちが兵器として以外の黒魔道士の可能性を証明することを望んでいる。そして俺たちは、ただ証明するだけでなく世界中に俺たちの存在を刻み込みたい。その予備段階として、288号さんの取り計らいはとてもありがたいものだ」
 レオは到底十歳児とは思えない発言を一言も噛むことなく言いきった。エーコはその姿に、ミコトや288号の影響をひしひしと感じる。その上、話を聞く間も話をする間も視線は左右に流れているしページをめくっているから、ちゃんと本は読んでいるようだ。これもやはり十歳児の成せる技ではない。
「お待たせ!」
 大きく音を立てながら宿屋の扉が開いてやっとレオは本を閉じた。エーコはそれをしっかり確認してから戸口を振り返る。
「アケイシャがげんこつイモ分けてくれたから、今日の晩飯はげんこつイモたっぷりの野菜シチューだぜ!」
「今日の料理当番はカルノだったよな。楽しみにしてるよー」
 麻袋の代わりにげんこつイモが入った籠を抱えて出てきたカルノの横には、黒魔道士の少女が並んでいた。
 そこらの男よりも男らしいと評判の彼女――ニーシェは、兄弟と揃いのローブのボタンを全開にして汗を吸った麻のシャツを曝け出し、帽子を脱いで肩にタオルを掛けている。
「あら、ニーシェは今日も鍛練していたの?」
「うん。それで腹が減ったから、さっきまで宿屋で飯食べてた。エーコが来たのは墓参り?」
「そうよ。だけど、ご飯食べたってことは、ニーシェは一緒に晩御飯食べないの?」
「いや、さっきのはおやつ。晩飯も食べるよ」
「そ、そういうところも相変わらずなのね……」
 ニーシェは生まれてすぐのときから朝・昼・晩に加えて十時と三時のおやつを加えた一日五食を常としている。おやつのときも一食分を平らげる彼女の胃袋の強靭さにビビはよく首を傾げていたものだ。
 レオとカルノとニーシェがエーコと一緒に家へ歩いていると、墓地から走って追い付いたピッセと、ボビィが来たことでカルノが帰ったと知りチョコボ舎から出てきた末っ子のローフィが合流し、チョコボ舎の奥にある村で一番大きな家へと向かった。
 双子荘と呼ばれているこの家は名前の通り、二人の黒魔道士が背中合わせに笑っているような外観をしている。レオは双子荘の片割れ――建築中の急な予定変更のために歪んだ笑みになってしまった黒魔道士――の耳に当たる場所に設けられたドアを開けた。
「ただいま!」
 五人の揃った声が響くと、キッチンから少年が顔を出した。黒い髪に金の瞳を持つ容貌は、帽子とローブを脱いでいても彼が新生黒魔道士の子供だとわかる。
「おかえりなさい。思った通りのタイミングだね」
 そう言ってから一度キッチンに戻った少年――ライザは、ハーブの香りを漂わせながらリビングに来た。彼の手にあったポットを見留めると、他の兄弟は棚からカップを取り出し、レオがポットウォーマーの蝋燭に人差し指を向けて火を点ける。その間にライザがカップにお茶を注ぐと、木に包まれた家の中にハーブの優しい香りが満ちた。
 全員が食卓に着いてハーブティーを飲む。この習慣はビビが生きていた頃から変わっていなかった。ただ、彼が生きていた頃は「これはお父さんの仕事だからね」と言って必ずビビがお茶を淹れ、ポットウォーマーの火も彼が灯していたのだ。
「レオ兄さん。お墓には、また食事の前に行くの?」
「ああ。今日の夕飯はシチューだそうだから、温めたらすぐに食べられるところまで作ったら出よう」
「なあに、全員で出かけるの?」
 エーコは疑問を迷うことなくレオに訊ねた。
 第一子の彼はビビが亡くなって以降、幼いながらに家長として兄弟を纏めてきた。彼は兄弟全員の考えや動向を完全に把握していると言っても過言ではない。
「エーコも行くか?」
「行っていいなら行くけど……何しに行くのよ?」
「墓地といったら墓参りだろう」
 求めたような答を返してくれないレオに、エーコは頬を膨らませる。
 食事当番だというカルノは急いで熱いハーブティーを喉に流し込むと、レオをフォローするようにエーコに笑い掛けながらキッチンへと消えてしまった。






BACK   MENU   NEXT


2010.07.11