白花繚乱 -2




「おかえり、カルノ兄さん!」
「ただいま、ピッセ」
 村の入り口で木漏れ日を全身に浴びながら寝ころんでいた少年が、跳ねるように立ち上がってカルノたちに駆け寄る。カルノと同じような背格好の彼も、カルノと同様、青いローブにぶかぶかのズボンを着て小さな身体に不釣り合いなとんがり帽子を被っている。ただ、彼のとんがり帽子はカルノの帽子と比べてずいぶん草臥くたびれているように見えた。
 草臥れた帽子を揺らしながら見上げたピッセは、カルノの後ろに乗っている少女を見て目を見開く。そうすると、金色の瞳がキラキラと輝きを増した。
「あっれ……エーコ?」
「ひさしぶりね、ピッセ」
 笑って手を振るエーコは、先に降りたカルノに手を貸してもらってボビィから降りるとピッセの元に駆け寄った。そして、ピッセの隣に並ぶと大きく伸びをしながら深呼吸をした。
「相変わらず、ここは気持ちいわね」
「うん。ここには植物も沢山あるし、風も気持ちいいんだよね」
「あんた、植物が大好きだものね。――そういえば、24号さんは? いつもここに立っていたけど、今日はいないの?」
「いるよ。ここに」
 ピッセはそれまで被っていた帽子を脱ぐと、綺麗なとんがり帽子に被り換えた。そして、脱いだばかりの帽子を微笑みながら見つめる。
「本当はお墓に置いておかなきゃいけないんだけど、僕が日向ぼっこをするときだけは持って来るんだ。24号さん、木漏れ日が好きだから」
 エーコは中途半端に開いた口から何の言葉も出せなかった。
 旅を終えたエーコは一年ほど前までマダイン・サリに住んでいたが、最後の一ヶ月半ほどはビビの世話のために黒魔道士の村に滞在していた。その後、ビビが亡くなってからも一週間ほど村に残っていたが、シドの養子となるために海を越えた遠国のリンドブルムへと渡った。その出立の日、リンドブルムからの迎えが来て村を出るときにも、24号は確かにこの場所で木漏れ日を浴びながらエーコを見送ってくれていたのに。
「ピッセ、アケイシャって宿屋にいるか?」
 はっとして振り返ると、ボビィから下ろした麻袋とエーコの荷持を担ぎながらカルノがピッセに訊いていた。
「うん。そろそろカルノ兄さんが帰ってくるだろうからって、さっき宿屋に戻って行ったよ」
「そっか。エーコは宿屋じゃなくてオレたちの家に泊まるんだろう?」
「う、うん」
「じゃあ、オレは宿屋に食料を置いた後は家に帰るから、エーコも一緒に来ないか?」
「ボビィはいいの?」
「大丈夫。独りで帰れるさ」
「僕は帽子をお墓に返してから帰るよ」
 墓地は村に入ってすぐの分かれ道を左に行った先で、宿屋や彼らの家とは反対方向にある。
 ピッセは帽子を大事そうに抱えて左の道をぱたぱたと駆けて行く。一方のカルノとエーコは独りでチョコボ舎へ走っていくボビィを前方に眺めながら、ゆっくりと右の道を行った。
(そうよね、もう、死んでしまってもおかしくないのよね……)
 黒魔道士の寿命は一年前後なのだから考えれば分かったことだ。それだけ衝撃が大きかったとも言えるが、エーコは無神経な事を言ってしまった。
 けれど、ピッセもカルノもエーコを責めはしなかった。それが嬉しくもあり気まずくもある。それに、エーコの知らないうちに大きく様を変えていく事実が恐ろしくもある。
「ねえ……アケイシャって、誰?」
「宿屋を切り盛りしているジェノムだよ」
 エーコの頭の中には、一年前に宿屋で234号の後ろに付いて宿の手伝いをしていたジェノムが浮かんでいた。確か女だったはずだが顔までは思い出せない。杖を持ってカウンターの向こうに立つ234号の姿ははっきりと思い出せるのに。
 スミレ色の髪を揺らしながら視線を地面へと落としたとき、カルノが重い麻袋を担ぎ直しながら小さく呟く。
「黒魔道士は、288号さん以外はみんな土の中に隠れちゃったからな」
 無表情で呟いたカルノの声を聞いて気まずい空気を感じたエーコは、慌てたようにカルノに質問をする。
「そ、そういえば、どうして食料を宿屋に置いて行くの?」
 沈んだ空気とエーコの心情を察し、カルノは暗い表情を掻き消して優しく微笑みかけた。
「ここは基本的に自給自足だけど、収穫が悪いときのために宿屋の奥に倉庫を作ったんだ。倉庫には保存食の他にも、余った武器や防具やアイテム、村の外から貰った物とか余分な収穫物を置いておく。倉庫の中の物が欲しいときはアケイシャから買わなければならないんだ。逆に、倉庫に物を入れればアケイシャからギルが貰える」
「物々交換じゃないの?」
「個人間では今でも物々交換をしている人がほとんどだよ。それに、村と外でも物々交換だ。その交換品は村を代表してアケイシャが倉庫から出しているから、外から貰ってきた物は全て倉庫に入れるんだ」
「なんで、そんなことをしているの?」
 少なくとも、エーコがこの村にいたときまでは――ジタンたちのような外者に対して武器を売るときなどは例外だが――全員が物々交換を行っていた。それに、そんな仕組みにしてしまったら畑を持っていない人たちはその需要供給の輪から弾き出されてしまわないだろうか。
 エーコが疑問に思ったとき、困った表情を浮かべていたカルノは前方に何かを見つけたのか、眉を開いて手を振り上げる。
「あっ、兄貴、アケイシャ!」
 道の向こうで、横道から女のジェノムと少年が話しながら出てきた。その少年はカルノやピッセと揃いの服を着ている。二人はカルノとエーコに気付いたようで、立ち止まってこちらを見ていた。
「エーコ、オレじゃ解り易く説明できそうにないから兄貴に聞いてよ」
 そう言い残すとカルノは麻袋を担いでアケイシャと並んで宿屋の中に消えてしまった。






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2010.07.04