白花繚乱 -1
年中雪の降っている閉ざされた大陸が近くにあり、周辺の海水が熱されにくいため、外側の大陸の西の海岸線では朝から夕方頃まで海風が止まない。湿った潮風は砂浜を駆け抜けると、真昼の強い日差しから与えられた熱を孕みながら町の面影を残している瓦礫の間を吹き抜ける。
風と瓦礫が生み出す高くてか細い音に包まれた廃墟の町、マダイン・サリ。その瓦礫に埋もれかけた入り口に、一人の少女が立っていた。
少女が着ているパフスリーブのワンピースの裾は風を含んでふわふわと揺れ、ほっそりと白く柔らかなふくらはぎが露わになり、クリーム色の布地に映えるスミレ色の髪は風に靡いて鮮やかに肩先で揺れている。ぱっちりと大きな若葉色の瞳や淡く色づいた唇、可愛らしい顔立ちもさることながら、さらさらと流れる髪の間、額の少し上に生えている小さな白い角が一際目立っていた。
少女が地面に下していた大きな鞄を持ち上げようと腰を屈めたとき、背後から石を掻く固い音がした。
「エーコ?」
耳に届いた聞き覚えのある声は、エーコの記憶の中のそれより幾分か落ち着いていて、
「帰ってたんだ……」
振り返って見た姿は、想像以上に逞しくなっていた。
「何か文句あるの?」
唇を尖らせて言ったエーコの声は、一年前と少しも変わらない幼いものだった。
エーコの表情を見て黄色いチョコボに跨った少年は肩を竦めながら苦笑すると、小さな体に対して不釣り合いなほど大きいとんがり帽子を片手で押えて顔を隠した。その仕草は驚くほど大人びて見えた。
麻袋に詰まった果物や色鮮やかな野菜をモリスンとラニに渡すと、少年はエーコとともに入口で待たせているチョコボのもとまで歩いて行く。彼は来たときと同じように、青いローブを羽織った小さな肩に麻袋を担いでいた。ただし、中身は行きと違って全部げんこつイモだ。
「シドおじさんには、ちゃんと許可もらったのか?」
「当り前でしょ! カルノじゃないんだから、勉強やお稽古事から逃げてきたわけじゃないのよ!」
「別にオレだって逃げてるわけじゃないさ。ただ、周りに魅力のあるものが多過ぎるんだよ」
そう言って嘆かわしい表情で首を横に振りながら、カルノはボビィ・コーウェンという名のチョコボに荷を着ける。その間にエーコはボビィに跨ろうとするが、
「きゃあ!」
つい足を勢いよく上げてしまったせいか、スカートの布地が勢い良く張って、その衝撃にエーコは
鐙から足を滑らせてしまった。けれど、バランスを崩したまま落ちてきたエーコを、素早く踏み込んだカルノが抱き留める。咄嗟に手放した荷造り用の金具が、硬い音を鳴らした。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ!」
「昔みたいにズボンじゃないんだから気を付けろよ」
身軽な動作で腕の中から飛び降りたエーコに苦笑しながら鐙に足を掛けてボビィに跨ると、カルノは「ほら」と言って両手をエーコに差し伸べ、口を尖らせながら伸ばしたエーコの腕を取る。似たようなことを妹にもやっているのか、エーコを抱き上げて自分とボビィの首との間に横向きに乗せる動きには危なげがない。
「本当に、このまま黒魔道士の村に行ってもいいんだな?」
「うん。モリスンたちともお話しできたし、召喚壁でお祈りもできたし」
「そっか。じゃ、行くぞ」
カルノはエーコを抱き込むように腕を伸ばして手綱を取り、ボビィを走らせ始めた。
ボビィは霧の大陸にいるチョコと違って経験が少ないので、空を飛ぶことも、険しい山を登ることも、深い海の上を泳ぐことも、浅瀬を渡ることもできない。そのため、黒魔道士の村に戻るためには山道を上ってコンデヤ・パタを抜け、平野と森を通って行かなければならない。ボビィは小さな頃から色々と村の手伝いをして鍛えられてきたので足が速くて丈夫な身体をしているけれども、この道程では一回の往復だけで一日のほとんどが潰れてしまう。
朝早くに村を出発して半日かけてコンデヤ・パタ経由で野菜や果物を運んできたカルノは、残る半日で来た道を戻りながらげんこつイモを渡していく。所謂、物々交換の仲介役だ。カルノが言うには、げんこつイモの他にも蕎麦粉や織物や魚などでも交換をしているらしい。
「それにしても、どうしたんだ? 急に帰ってくるなんて」
「だって、もうすぐでしょ? ――ビビの命日」
エーコは穏やかな表情で、夕焼けに赤く染まりだした空を見上げた。景色も相まって、二人の間にしんみりとした空気が漂う。
ビビとは、エーコの旅の仲間でありカルノの父親でもある少年の名前だ。彼が亡くなってから、一年が経とうとしている。
「……そういえば、髪、だいぶ伸びたよな」
カルノは不器用な手つきでエーコの髪を撫でた。夕焼けを見つめるエーコの表情に何か思うところがあったのかもしれないが、急に彼の態度が落ち着かなくなる。
その様子を見て、エーコは気付かれないように小さく笑った。一年前の彼は話題や雰囲気を変えようとする子供ではなかった。慣れないことをしたせいか、照れているのだろう。
そう。一年前の彼はその場の空気を自分から変えようとしたことはなかった。エーコの頭を撫でたこともなかった。
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