石槌連はサボテンダーの群れの上を踊るように渡って来た。
素早く動く彼らの足元を遠くから確認するのには限界があったが、どうやら特殊な上底靴を装着しているようだ。その特殊な作りの靴を履いて爪先立ち、踵立ち、ときにはダンサーのようにクルリと回転し、調子付いた者に至っては宙返りを繰り出してサボテンダーの群れを越えてくる。極彩色の戦闘服も相まって芸人たちが顔見世で出てきたように賑やかな様子だが、誰もサボテンダーに傷ひとつ付けていない。
そうして一分もしないうちに石槌連の全員がジタンたちの前に辿り着いていた。
一番派手な服を着ていたドワーフが、ずれた頭の羽根飾りを直しながらイサールとジタンを見上げる。
「オラは石槌頭のゴンスケ。助けに来たド。里の方も襲われているから少ししか連れてこなかったドも、手練揃いだ」
ジタンとイサールは数瞬視線を交わす。
どんなに手練といっても、十数人の戦力が加わったところで魔物の群れを追い返すことは不可能だ。石槌連がサボテンダーを刺激せずにやり過ごしたのも、彼らの戦力で真正面からサボテンダーの群れを突破するのは無理だからだろう。
そうなると、やはり今は撤退するべきだ。けれど、逃げ込もうと思っていたコンデヤ・パタは襲われているという。
「コンデヤ・パタへ逃げ込むのは無理なのか?」
「特別に聖地への山道に住民を避難させて門を塞いだから、今行っても魔物にしか会えねえド。それより、マグダレンの森にいたゼムゼレットは崖を上ってコンデヤ・パタの方に襲来しとるから、グリフォンを突破してクロマ族の村に逃げた方が安全だド」
「よし、彼らに従って森に向かおう。――大尉は事の次第をビッグス将軍にお伝えし、石槌連とともに将軍に従って森への活路を開いてくれ。私は隊を率いて殿を務める。マローダ、サボテンダーの群れに関しては君に一任する」
イサールの手早い指示に従い、ジタンの部隊と石槌連たちは混乱を来たしている兵たちの合間を縫って将軍の下へ走った。真直ぐに走り抜けるのには困難な状況だったが、元開拓団の兵にとってはモルボルの襲撃時の方がよっぽど地獄だったし、デレク地区からの叩き上げたちは足場の悪い中での行動に慣れているし度胸もある。石槌連に至っては言うまでもないだろう。
ジタンたちは驚異的な速度でビッグスの下へ辿り着いた。
ビッグスは厳しい表情で戦況を見渡し、素早く指示を飛ばしながら戦局を見極めている。ジタンが状況を説明すると眉間の皺をさらに深くした。
「そこで、将軍。石槌連の半分を私に貸していただきたいんですが」
「どうする気かね」
「かなり戦況が混乱しますが、魔物を遠ざけます」
「できるのかい?」
「混乱した魔物は私の部隊と石槌連で押さえます。混乱した兵は将軍が押さえてください」
無茶なことを言っているのは重々承知だった。たださえ落ち着きのない状況をさらに混乱させたうえに丸投げに近い頼み事をしているのだから。けれど、このままジリジリと戦力を削られながら敗走するよりも良い結果を出す確信がジタンにはあった。いくらビッグス隊に編隊されてから日が浅いとはいえ、確信もない作戦で仲間を危険に晒す気はさらさらない。
今からやろうとしていることを手早く説明する間、ジタンは決してビッグスの目から視線を外さなかった。
ジタンの瞳から意志を読み取ったのか、ビッグスは深く頷く。そして、その容姿からは想像もつかないほど腹に響く大声を放った。
「南東の谷から森へ進む! 弓隊は合図を聞いたら森の手前にいる群れに射かけろ! 槍隊は前方に展開! 弓隊の攻撃合図とともに全隊前進! 何があろうとも、私の声にのみ耳を傾けよ!」
展開する部隊のさらに遠くにすら届くのではないかと思える声を間近に聞き、ジタンの胸には不謹慎なほど興奮が湧きあがっていた。その興奮のままに、近くにいる部下に指示を出す。
「アレス隊は北方・西方に展開して撤退部隊の盾になれ! 魔物を刺激せず、常に防御と回避に徹して回復を怠るな! コンフュを扱う魔物が紛れているから仲間に不審な動きを見せる者がいたら軽く小突いて正気に戻してやれ!」
男たちの太い返答に満足しながら、隣に立つワッツへ二、三の指示を与えて部下とドワーフを任せる。自分は部下の中でも特に腕の立つ三人とともに東へと駆けた。
部隊の合間を擦り抜けている途中、ビッグスの声が響き、次いで大地を揺らすほどの鬨の声が上がった。
槍隊に続いて部隊全体が動き出すのと時を同じくして、ジタンたちはグリフォンの眼前に躍り出た。三人の部下には前線で防御態勢を取らせて、ジタンだけは立ち止まることなくグリフォンに近付いた。幸い、東から襲ってきたグリフォンの群れのほとんどは沖合にいる軍艦に取り付いていて、ジタンと対峙しているグリフォンは六羽しかいない。
軽く腰を落として駆け寄りながら特殊な鉤を取り出す。透かし彫りの施された毬のような物が先端に付いている柄を握れば、
逆刺の施された足が四つ股に開いた。ジタンは適当なグリフォンに近寄り、襲いかかる蹴爪を擦り抜けて鉤を翼の先に取り付ける。他のグリフォンからの攻撃も往なしながら目視で鉤がしっかり食い込んでいるのを確認した。
そのとき、指示を出さずとも呼吸を読んで、大剣を得物にする部下がジタンの隣に並んだ。爽快さを覚えるほどのタイミングの良さに、ジタンは不敵な笑みを浮かべてしまう。
数瞬を費やして二人で息を整え、先ほど鉤を付けたのとは別のグリフォンの方翼と片脚に深手を与えた。すかさず前線まで戻る。
「隊長、どうです」
「ああ、上出来だな。あとは極上の首輪を付けてやるだけだ」
縄の端に結び目を作りながらチラリと振り返ると、もうイサール部隊がすぐそこまで迫って来ていた。さすが突撃や撤退に怖じず最高の機動力を誇るビッグスの愛弟子だ。ビッグスが率いる部隊の先頭集団はすでに森に入り始めている。
ジタンがロープを頭上で回し始めると、先端に作られた輪が空気を裂いて唸りを上げる。
(そういや、投げ縄は昔からブランクの方が上手かったっけ)
ふと思い出した癪な事実に顔を歪めながら手を離す。縄は見事に鉤を付けたグリフォンの首に絡み付いた。
「いくぞ!」
殺してしまわないように、けれど勢いをつけて縄を締める。当然、グリフォンは苦しさにもがいて翼を大きく羽ばたかせる。すると鉤の柄の細工の中に勢いよく空気が入り、辺りに激しい音が鳴り響いた。それは竜系の魔物の雄叫びによく似ている。
途端、周囲に集まっていた魔物に緊張が奔り、ザグナルの群れが瞬く間に遠ざかっていく。見えないが、ゴブリンメイジやサボテンダーの群れも遠ざかっていることだろう。けれど、グリフォンの群れは雄叫びの近さと依然ビッグスの号令の下で移動を続けるリンドブルム軍の存在によりパニックに陥り、戦況は一気に混乱した。
魔物たちの雄叫びに紛れてワッツの声が聞こえる。
「アレス隊はイサール隊と合流! 魔物には構わず、ドワーフの誘導に従って撤退するんだ!」
遠くを見遣れば、軍艦に取り付いていたグリフォンの群れは逃げてしまったようだ。ジタンたちと対峙していたグリフォンも、ジタンに縄を掛けられた奴と深手を負わされて動けない奴以外は逃げてしまった。
ジタンは引きずり回されないうちに、と握っていた縄の端――こちらにも、あらかじめ輪が結ばれている――を翼と脚に深手を負ったグリフォンの首に掛ける。飛べも走れもしない同族を枷に付けられ、グリフォンはさらに苛立たしげに暴れ回って仲間を攻撃し、竜の雄叫びを撒き散らしていた。
ジタンたちはそれを横目に見ながらイサール隊に合流した。
陣の先頭で指揮を取っていたイサールがジタンを見つけてニヤリと笑う。それでもどこか品の良さが抜けないのは、生まれが違うのか気性が違うのか。
「マローダ隊は後方からの攻撃に警戒! イサール隊ならびにアレス隊は、余裕がある者は負傷者を回収しつつ撤退しよう!」
イサール隊は武術だけでなく魔法に通じる者も多いらしく、そこかしこで回復魔法の光が溢れた。アレス隊も回復薬を惜しまない。介抱されていた者が介抱する側に回っていき、撤退部隊は少しずつ人員を取り戻しながら森へと移動を続けていた。
しかし、余裕を取り戻し始めていた空気を裂いてマローダの声が響く。
「サボテンダーの群れが動いた! こっちへ来るぞ!」
すぐ近くにいたジタンとイサールは視線を交わす。
元来サボテンダーは我が身を顧みずに突進していく性質だから、今回も竜の雄叫びに構うことなく突進してきたのだろう。
他の魔物は逃げてしまっていた。マグダレンの森もすぐそこまで近付いているし、他の隊は森の中への撤退を完了させている。先頭部隊は滅多なことがない限りクロマ族の村へ向かう足を止めはしないだろう。今ここでサボテンダーとの戦端を開いたところで消耗戦になるのは目に見えているし、救援の狼煙を上げたところで鬱蒼とした森の中を駆けていく部隊がすぐに気付くとは保証できなかった。
「大佐、私なら時間を稼げます」
「……頼む。――アレス大尉が足止めする間に退避する!」
自分がやるのではなく、あくまで自分なら可能であることを示すだけ。すると、イサールはジタンに託してくれた。結果は同じでも、込められた意義には大きな違いがあった。
ジタンは足元に落ちている持ち主を失った盾を拾い、裏に設けられている握りに金袋と特製の革袋を括り付けた。
その間にも、ジタンの横を多くの兵が森を目指して駆け抜けていく。目の前に迫るサボテンダーの群れは、先ほどとは一転して地面の上をひょこひょこと身軽に飛び跳ねている。陽気にも見える動きが、かえって不気味さを強調していた。
こちらを心配そうに見ながら殿のマローダが横を通り過ぎるのを確認して、ジタンは革袋から伸びている導火線に火を点けると、円盤を飛ばすように盾をサボテンダーの頭上へ投げる。旅路で暇潰しと称してサラマンダーの円月輪を使い的当ての腕比べをしたことが何度かあったため、縄を投げるよりもよっぽど自信があった。
盾の行方を確認しないまま踵を返して森へ走り出した瞬間、ジタンの背後で大きな爆音と光が炸裂した。
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