「ロナルド隊長、応援願います!!」
 早朝、身支度をしていた五人の前に、叫び声とともに一人の志願兵が現れた。
 燃え立つ焔色をした細かく波打つ髪を大雑把に後ろでまとめている彼はミンウ・ヒルディフェンといい、男にしては細い体型だが引き締まった身体つきをしていて身体能力は抜きん出ており、他兵の誰よりも耐性獲得が早くて志願兵の中でも随一の実力者だ。そして、ワッツと情報交換をしていた者の一人でもある。
 その彼が青白い顔面の左半分を血に赤く染めて崖の上に現われた。左肩を押さえた右手も血に塗れ、他にもところどころ怪我していることが見て取れる。それに、腰には空の鞘を差しているだけで丸腰のようだった。その様子は尋常ではない。
「何があった!?」
「魔物の襲撃を受けました! 数は二、どちらも緑色の触手を持った巨大な魔物です!」
 ミンウが言い切ったときには既に、ジタン、ロナルド、ワッツ、ニーダの四人は得物を携えて駆けだしていた。
「そいつはモルボルだ! ……まずい、『臭い息』くらったら終わりだぜっ!」
「隊の状況は!?」
「辺りに悪臭が蔓延し始めると兵のほとんどが戦力を喪失し、現在、半数以上の兵が戦闘不能状態に陥っています!」
「それが『臭い息』だ!」
「隊長、何なんですか、その『臭い息』っていうのは!?」
「特殊攻撃の一種だ。耐性の無い奴がまともにくらえば毒・暗闇・混乱・スロウ・ミニマムに陥る!」
「ミニマムとは何だ!?」
「生体魔脈の収縮によって攻撃力や防御力を著しく低下させる魔法だ!」
「それは厄介ですね」
 そうニーダが呟いた丁度そのとき、全員の足が止まった。
 到達した崖の縁から見下ろした光景は、凄惨を極めたものだった。兵のほとんどが血を流して倒れ、立っている者も自らの得物を支えにしてやっとといった具合。得物を振るう余力のある者でも毒に侵されていたり視界を奪われていたりして身動きがとれない者が多く、酷い者に至っては自らも血を流しながら地に伏している仲間に斬りかかっている。
 それだけ見て取ると、ジタンたちは少々強引なルートを通って険しい崖を半ば落ちるように駆け降りる。
「ワッツ、お前は学者と協力して荷を避難させろ!」
「はいっ!」
「動ける者は負傷者の救護にあたり、スティアラー軍曹とヒルディフェン二等兵は誘導にあたれ! 回復でき次第、総員退避!!」
「はっ!」
「回復薬は惜しまず使っちまえ! 混乱している奴は軽く小突いて正気に戻せ!」
「了解!」
 ジタンとロナルドが素早く指示を出すと、他の三人は散ってそれぞれに救助活動を始める。知らせを受けてからここまで走っている間にポーションを与えていたからミンウも充分な戦力になるのは助かった。一方のジタンとロナルドは申し合わせる必要もなく、息の合った動きでモルボルに向かって行く。都合のいいことにモルボルの数は二だ。
 しかし、ジタンとしては不安なところだった。
 ジタンは旅で散々鍛えられたため状態異常などものともしないうえにモルボルと一対一の戦闘でも余裕を持って臨めるが、ロナルドはそう簡単にはいかない。彼は頭の固い武官たちから嫌われたというのも納得いくほどの弓の腕を持っているが、弓は後方攻撃専用の武器だから接近戦に向かないし、開拓団の中でトップクラスのロナルドでもジタンとの間に横たわる実力の差は大きい。こういうとき、昔の仲間がいればと思ってしまう。
(そういえば、サラマンダーは何処にいるんだ?)
 ミンウから知らせを受けて走り出すまでは傍に居たはずだが、その後は完全に意識の外へと追い遣られてしまっていた。
 いまさらながらにサラマンダーの所在に疑問を抱いた瞬間、ロナルドの眼前にいるモルボルの触手が高速回転しながら飛んで来た円月輪に吹き飛ばされた。千切れた触覚は空高く舞い上がり、モルボルの絶叫とともに緑色の体液が散る。思わぬ所からきた攻撃に、もう一体のモルボルも怯みの色を見せた。
 その間に振り向いたジタンの視界が、ロナルドを背に地面に降り立った焔色の巨漢を捉える。
「サラマンダー!」
「この混乱に乗じてウイユヴェールへの道を塞ぐぞ」
 すでに爪を装備して万全の態勢になっているサラマンダーが低く呟く。
「大丈夫なのか?」
 道を塞ぐためには準備が必要だった。その準備をしようとしていたときにミンウから助けを求められたのだから、当然のことながら準備はできていないはずだ。
 しかし、サラマンダーは不敵に笑う。
「チョコが戻ってきたんで俺独りで要所にひびを入れておいた。もう爆薬も仕込んである」
「でも、五箇所を同時に爆破しなきゃだろ。できるのか?」
 すると、サラマンダーはロナルドへ振り返った。
「お前、黒魔法の素養があるらしいな」
「ああ」
「中級魔法は使えるか?」
「いや、初級までだ」
「これは中級雷系魔法の導入武器だ。これを使ってサンダラを五箇所同時に落とせ。向こうにチョコボを繋いでいるから、爆破させたらそいつに乗って逃げろ」
 サラマンダーはベルトに差してあった雷の杖をロナルドに突き出した。
 ジタンやサラマンダーは黒魔法を次々と覚えていくビビを近くで見てきたから普通のことのように思えるが、そのような業が可能だったのはビビが黒魔法を使いこなせるように作られた存在なためで、普通の人間では威力の大きい魔法を使いこなすためには長い時間を掛けて少しずつ魔脈を鍛えていかなければならない。
 それはロナルドも重々承知のはずだ。しかし、ロナルドは少しも表情を崩すことなく、
「わかった」
 低く呟くと、モルボルに背を向けて颯爽と戦場を離れていく。
「――さて、オレたちも、ちゃっちゃと片付けますか!」
 向き直ったジタンとサラマンダーの眼前には、いまだに二体のモルボルが立ちはだかっている。二人の後ろには、いまだに惨状が広がっている。
 しかし、心のどこにも、不安の欠片もなかった。





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2009.06.13
last-alteration 2011.01.31