ブランクがクジャの死亡確認をした直後に、チョコが手紙を咥えながらデザート・エンプレスに飛び込んできた。
手紙にはビビが死んだ事と、すぐに村に来るように、という短い言葉が書き殴ってあった。筆跡を見る限りその手紙はマーカスが書いたものだと判ったが、彼がいつも書くような几帳面な性格が滲み出ている整った文字とは程遠かった。
手紙を読んだブランクはクジャの身体を手早く清めると、力の入らないジタンを担ぐようにして黒魔道士の村までチョコを駆った。
村の入り口から少し離れたところで二人を待っていたマーカスとミコトにクジャのことを話すと、マーカスとミコトは沈黙したまま、墓地が眺められる場所に移動した。移動の間に、ミコトは真っ赤に腫らしていた眼から涙を二滴だけ零した。ジタンはその様子に驚いたが、心なしか俯いたミコトの頭を上手く力の入らない手で軽く撫でただけで、口を開くことはなかった。
ブランクとジタンを墓地よりも幾分か高くなっている木立の中の暗がりに案内すると、マーカスとミコトは葬儀の手伝いをするために村へ戻った。日が暮れて、空が桃色から濃紺の美しいグラデーションに染まった頃に一度マーカスが軽食を持って来ただけで、マーカスもミコトもずっと村の中にいた。
ジタンたちが居た所は、灯が焚かれてぼんやりと明るくなっている墓地からは全く見えないようで、何人もの黒魔道士やジェノムたちが墓地に入ってきたが、誰もジタンたちの存在に気付いていないようだった。
その夜は、夏だというのに肌寒かった。
葬儀が始まってすぐの頃から、ドナ大平野から弱い北風が吹き下ろしてきて木々のざわめきが絶えることはなかった。ビビの死を悼むようなその音に誘われて涙する者も多かった。
ビビの身体を土に埋めると、ビビとそっくりの格好をした六人の子供たちがとんがり帽子を括り付けた十字架をその上に突き立てた。子供たちが急いで協力して作ったのか、その不恰好な十字架は墓地に並ぶ他のものに比べて小さく、小ぶりな十字架に対して不釣り合いに大きく見えるとんがり帽子がビビを彷彿とさせた。
旅の仲間は全員揃っていた。
ダガーは泣きだすエーコを慰めていた。エーコはダガーの足にしがみついて離れなかった。ダガーもエーコも、以前と比べてずいぶん痩せ細っていた。スタイナーはダガーのすぐ後ろで肩を震わせながらも直立不動の姿勢を崩すことはなかった。クイナはその隣で円らな瞳からぽろぽろと涙を零していた。フライヤは帽子を胸に抱いて跪き、俯いたまま動くことはなかった。サラマンダーは多くの参列者の一番後ろに立っていた。彼は一度だけジタンたちの方に一瞥を投じたが、それ以外はじっとビビの墓から視線を外さなかった。
葬儀の最後に、そこにいた全員が順に白い花を墓に供えた。村の住人が倍以上になったことを配慮したのか一人一輪だけ小さな花を順番に置いて行ったのだが、小さな十字架と括りつけられているとんがり帽子は三分の二くらいの者が供えた時点で、埋もれて見えなくなってしまった。
最後に前へ進み出たのは六人の子供たちで、墓の前に横一列に並ぶと揃って花を供えた。
すると、六人が後ろに下がった途端に一陣の風が吹き抜けた。その風は供えられていた花々を全て絡め取ると、勢いよく、高く、舞い上がらせた。
夜空に散った白い花は灯りに照らされ、黄色く滲みながら満点の星空に溶け込んだ。
それまで吹き続けていた北風はぴたりと止んだ。
花々がくるくると回りながら参列者の上へ降っていた。
優しく、柔らかく、静かに降り注いでいた。
ビビの葬儀を終えて、ジタン、ミコト、ブランク、マーカスの四人は夜明けとともにデザート・エンプレスに戻った。
クジャの葬儀はとても短かった。ブランクによって既に身体は清められていたし、彼を送るのは四人だけ。草すら育たない砂と岩のこの土地には、供える花すらなかった。
葬儀の後、ミコトは初めての『泣く』という経験に酷い頭痛を覚えて、奥の部屋に引っ込んで寝ついてしまった。マーカスは動けないミコトの代わりに、せっせと使わなくなった医療器材を片づけていた。ブランクは書きかけだった昨夜の手紙を捨てると、新しく手紙を書き始めた。ジタンはというと、先程からベッドの端に座って顔の前に両掌をかざし、握ったり開いたりを繰り返していた。
「ブランク」
「なんだ?」
ずっと続いていた沈黙を破った声に、ブランクは紙から視線を離してジタンをちらりと見る。
二人ともずっと口を開いていなかったので、声が少し掠れていた。
「その手紙に書き加えてほしい事があるんだ」
「また書き直せって言うのか?」
「追伸でいいさ」
「……何て書いてほしいんだ?」
ブランクはペンを置くと、改めてジタンをまっすぐと見た。
ジタンはもう一度だけ拳を作ってから手を開くと、ブランクを見返す。
「ボスに明日から十日間、オレの修行に付き合ってもらいたいんだ。それと、シドのおっさんと会いたい。もちろん、非公式でな」
「明日からって、お前、その身体ですぐに出発するつもりか?」
「ああ。チョコでなら、今日の晩にはリンドブルムに着ける」
「なら、この手紙もお前の到着より早く届くように出さなきゃじゃねぇか」
「モーグリに頼んでモグネットを使わせてもらえば、昼過ぎまでに届くだろ」
モーグリとは世界各地に散らばって生息している、コウモリのような羽を持つとても小さい熊のような生物の名称だ。モーグリは、その小さな身体からは想像できないくらいに足が速い。
その中でも特に足の速い者たちを集めて郵便業を運営している組織のことをモグネットという。モグネットは元来モーグリの間だけのものだったが、以前、旅の途中にモグネットの本部で大きなトラブルがあったときにジタンたちが手助けをしたので、ジタンたちとその関係者の手紙も届けてくれるようになっていた。
「わかった、書きゃいいんだろ」
「ありがとよ、ブランク」
「じゃあ、弁当を用意しておくっス」
いつの間に機器を片付け終わったのか、二人の近くに据えられた椅子に腰かけていたマーカスが言った。
「ああ、頼む」
ジタンの一言を聞くと、ブランクは手紙を書き始め、マーカスは弁当を作りに奥へと消える。
ジタンも短い旅の準備のために部屋を出ていった。
「俺も少ししたらリンドブルムに戻るつもりだからな。あっちに着いたら、お前をボコボコに伸してやるよ」
チョコに跨るジタンを見上げながらブランクが言った。昼近くなって高くに上がった太陽が眩しいらしく、頭に巻いてあるベルトに隠れてほとんど見えない両目を細めている。
「へっ、やれるもんならやってみな。返り討ちにしてやる」
ジタンは手袋の着け心地を確認しながら言い返した。何てことはない動きだが、それだけでも身体の感覚がずいぶん戻ってきたことが見て取れた。ジェノム体に合った治療の成果でもあるのだろうが、ジタン個人の身体能力が優れているからでもあるだろう。少しもすれば、元の動きを完全に取り戻すはずだ。
「その言葉、忘れるんじゃねぇぞ」
「ブランクこそ忘れるんじゃねぇぞ」
二人はニッと口の端を上げて笑い合う。
マーカスはそんな二人に呆れに似た感慨を覚えながら、ジタンに弁当を渡した。ジタンは腰を屈めて受け取りながら礼を言うと、
「マーカス、ミコトのこと頼むな」
「わかってるっス」
ミコトは看病と研究の疲れもどっと押し寄せてきたようで、本格的に寝込んでしまい、この場にはいなかった。
「それじゃ、またな」
ブランクとマーカスはタンタラス団のポーズを決める。ジタンもポーズを返すと力強くチョコを走らせた。
勢いよく駆けだしたチョコは一直線に近くの木へ走っていく。
木にぶつかる直前に幹を蹴り上げて幹や枝を足掛かりに空へ飛び出すという手荒な離陸方法は、見ているだけでハラハラさせられる。その木がこの地の所々にある、水分がことごとく渇き石化してとても硬くなっている木だったから尚更だ。
しかし、ジタンはしっかりと手綱を握り締めたまま、振り落とされそうな様子も見せずにチョコに乗っていた。
「どうやら、大丈夫みたいっスね」
「そうだな」
瞬く間に遠ざかり小さくなっていく白金色に輝いたチョコの羽は、すぐに陽光に溶け込んで見えなくなった。
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