ふるり。ふるり。

 視界の端で、黒髪が揺れる。




  揺れる




 サラマンダーはエピタフの懐に飛び込むと、右下から左上へ勢いよくクローを繰り出した。細かい石の破片が四方に飛び、エピタフが少しひるんだ様子を見せる。
 すかさずフライヤが軽やかに躍り出、サランダーが攻撃したところを寸分の狂いもなく槍で力強く薙ぎ払った。今度はエピタフの体勢が大きく崩れ、石板に深い亀裂が走る。
 まだ頑として道を開けようとはしないが、敵の体は既に限界を超えているようでガタガタと震えだしていた。そこでラケットを握り締めたダガーが一歩踏み出し、大きく振りかぶる。

 ――しかし一瞬の静止の後、ダガーは首を振ったかと思うと何もせずに後ろへ退いてしまった。

 多くの戦闘を共にした中で培ってきた呼吸が乱れる。
 エピタフもその隙を見逃すほど甘くはないのか、自らの前面にある石板の中央に手を掛けると両側に開き始めた。すると石板の間から怪しい光が漏れ始める。
 俯いて小さく首を振り戦闘の意思を見せないダガーを認めると、サラマンダーとフライヤが同時に飛び出した。だが二人より数瞬早く飛び出していたジタンが、逆手に持った左手のマインゴーシュで石板がそれ以上開かないように抑え込むと、右手の短刀で素早く亀裂に斬りこんだ。
 すると見る見るうちに亀裂が広がっていき、エピタフは雄叫びを上げることもなく、ただの石片の小山になっていった。
 そこからはもう禍々しい気配は漂ってこなかった。
「ダガー、怪我しなかったか?」
 ジタンの声に、ダガーはこくりと頷きながら頬笑む。その微笑みは苦しさを押し込めているのがありありと見えた。それにジタンが気づかないはずもなく、彼は元気づけるように柔らかい笑みを返した。
「ジタン、あそこにモーグリがおるぞ」
「おっ、じゃあ今日はここでテントを張らせてもらうか」
 フライヤの呼びかけに答えたジタンは他の三人を見回す。異議はないようで、ダガーもフライヤも頷き、サラマンダーは特に何を言うでもなくたたずんでいた。





「サラマンダー、交替の時間だ」
 モーグリによって張られたテントから少し離れた所に、腕を組み胡坐をかいたサラマンダーがランプに照らされながら見張りをしている。
 テントから出たジタンが彼の隣に座ると、動く気配を見せずにサラマンダーが呟いた。
「ジタン」
「ん?」
「なぜ、お前はアイツを選んだ?」
「『アイツ』?」
「なぜ、足手まといを連れて来たんだ?」
「――ダガーが足手まといだって言うのか?」
 表情は変わらないが、ジタンの声が一段低くなる。
「どう見ても足手まといだろう。さっきだって俺たちの足を引っ張った」
 サラマンダーはジタンの変化など気にも留めずに続けた。
「そんな奴をどうして連れて来た?」
 クジャの罠に捕らえられてしまったジタンたちは彼によって無理矢理チームを二分され、残ったパーティーメンバーの身の安全と引き換えに、クジャの要求を呑まなければならなかった。
 その要求とは、忘れ去られた大陸のウイユヴェールにあるグルグストーンという石をとって来るというもの。ウイユヴェールの中では何が原因かは分からないが、魔法の類が使えないらしい。
 同行するメンバーを選んでもいいと言われたジタンは、体術にも長けていて気による回復術を身につけているサラマンダー、同じく体術に長け竜技を使えるフライヤ、そしてダガーを選んだ。
 剣術に長け体力もあり薬剤師の免許も持っているスタイナーをあえて残し、いくら魔道士にしては体力もあり薬剤師の免許を持っているとはいえ、魔法を本分とした白魔道士を魔法が使えない場所に連れていくことにしたのには、ジタンなりの理由があった。
「――仲間だからさ」
「お前の言う『仲間』とやらだったら、役に立ちそうな奴が他にもいただろう。 どうして、その中から選ばなかった?」
「今、ダガーを一人にできないんだ」
「それは、お前の勝手か?」
「ああ。オレの勝手だ。――ダガーは今とても不安定だ。それを自覚していながら直せない自分を感じて更に不安定になっている」
「だったら尚更、連れてこない方が良かったんじゃないか? 戦闘を繰り返す度に劣等感を感じているようだぞ」
「――サラマンダーは知らないかもな」
「何をだ」
「ダガーは何か壁にぶつかると、別の道を探すような人間じゃないんだ。ましてや、引き返したりなんかしない。向かって行って、しがみついて、がむしゃらになって、結局乗り越える」
「だから牢から出させたのか?」
「ああ。ダガーには迷わず壁にぶつかるための道が必要だと思ったんだ。そしてオレはその道をつくってやりたい。――仲間だからな」
 ジタンはにかりと笑う。
 ジタンをちらりと見て、ふんと鼻で笑いながらのっそり立ち上がると、サラマンダーはテントに戻っていった。
 ただの独りよがりだろう、と呟いた声が周囲に響いた。





「ちっ」
 サラマンダーの舌打ちが破壊音に混じる。テントを畳んで出発しようとした矢先の襲撃に、少しイラついているようだ。攻撃も普段より荒々しい。
 だが、フライヤもジタンもしっかりとサラマンダーに合わせて攻撃を繰り出している。そして、三人の攻撃の隙間を繕うようにダガーの一撃が入り、クイナのドッペルゲンガーが消え去った。
 間髪をいれず総出でエピタフへ攻撃をしかける。サラマンダーの爪が石板を抉り、ジタンの短刀が裂け目を更に深くする。
 その時、ダガーが前へ出てラケットを大きく振りかぶる。

 ――しかし、数瞬の後に後ろへ退いてしまった。

 ダガーの隣からフライヤが駆けだす。
 サラマンダーもそれに続く。
 石が崩れる音が周囲に響く。
 ジタンは後方でエピタフの最期を見ている。




 ふるり。ふるり。

 視界の端で、黒髪が揺れた。






NOVEL


2007.08.05
last-alteration 2009.08.24