呼ぶ声が聞こえたんだ。
 柔らかくて、
 優しくて、
 力強くて、
 暖かくて、
 とても心地いい声が。


 呼ぶ声に導かれたんだ。
 若芽のように柔らかくて、
 微風のように優しくて、
 滝波のように力強くて、
 日溜りのように暖かくて、
 とても心地いい声に。




 僕は知らないけれど、『ぼく』や『ボク』や『僕』は知っている。
 若芽が萌え出る春の平原、
 微風が吹き抜ける夏の木立。


 僕は知らないけれど、『わたし』や『ワタシ』や『私』は知っている。
 滝波に戯れを誘う秋の翔鳥、
 日溜りに凌ぎを求める冬の野猫。




 知っていたことは、声に近付けば近付くだけ消えていって、
 声に近付けば近付くほど、全ては白く染まっていった。






 僕は何も知らない。
 知っていた事は、何もかも忘れてしまった。




 僕は何も知らない。
 でも、ひとつだけ分かっている事がある。


 ――外の世界はとても心地いい。
 柔らかくて優しくて力強くて暖かい声がある限り、僕の世界はとても心地いい。










 白くなる。
 僕は白くなる。
 僕の記憶は白くなる。
 僕の全てが白くなる。


 白くなる。
 白くなる。
 白くなる。
 白くなる。










 しろくなったぼくを

 ふたりのひとが やさしいひとみで みつめている



 とりあえず いまは

 このひとたちの こどもとして うまれたことに

 うれしなき を していよう






「おおっと、泣き出したぞ。ダガー、どうすればいいんだっけ?」
「えっと、何かしてほしい合図のはずなんだけど……」
「……笑ってる、よな?」
「……ええ」
「声もあげてないし」
「……そうね」
「まあ、とりあえず、目と目を合わせてでは初めまして。俺がお前の親父だぞ」
「私があなたのお母さんよ。――これからよろしくね、ルーカス」






NOVEL


2008.07.20